環境に合わせて3
こうして土間には床が張られ、黒くくすんだ古い町家の中に、ピカピカのキッチンが装置されることになったのである。
京都では、土間から座敷の床レベルにあがった台所のことを、オイエダイドコと呼んでいる、お父さんの時代の台所回りのこの改造は、出入りの大工さんによるごく簡単な手なおしにすぎなかった。
しかし、その後二〇年ほどを経た次の世代の改造は、設計の専門家も加担し、もっと根本的な思想を要求されるものになった。
環境があまりにも変ってしまったからである。
それはやはりソファー ベッドなどの置ける洋風の生活が一般的だからなのだろう。
長尾さんは京都の大学を卒業したが、勤めの始めは本社のある東京であった。
そこで結婚をし新世帯をもった。
しかし、数年後、支社のある大阪に勤めが変り、京都の実家に居を移すことになった。
父親の死後この家はお母さんと弟さんが暮らしていたが、そうなれが自分たち夫婦は二階に住まなければならない。